非上場株式の承継を予定している経営者、複数の事業を抱える企業、不採算事業の売却やM&Aによる成長を検討している企業にとって、見逃せない二つの動きがあります。
一つは、国税庁が議論を進めている非上場株式の評価方法の見直しです。もう一つは、経済産業省が2027年度税制改正で要望すると報じられた、事業承継や事業再編を促す税制優遇です。
一方は課税の適正化、もう一方は税負担の軽減。一見すると、政府内で正反対の議論が進んでいるようにも見えます。
しかし、両者を重ねて見ると、今後の企業税制が向かう可能性のある一つの方向性が浮かび上がります。
それは、資産を保有したまま評価額を引き下げることを目的とした節税には厳しくする一方、事業承継、事業売却、M&A、賃上げ、設備投資など、企業の成長につながる具体的な行動には税制優遇を与えるという方向性です。
国税庁は非上場株式の評価見直しを議論
国税庁は2026年8月20日に開催した有識者会議で、相続税・贈与税を計算する際の非上場株式の評価方法について、見直しに向けた議論を進めました。
現在の評価制度が導入されてから長い年月が経過し、企業の収益力や保有資産、実際の経済価値と、税務上の株式評価額との間に大きな差が生じるケースが指摘されています。
また、持株会社化、役員退職金、オペレーティングリースなどを活用し、利益や純資産を圧縮することで非上場株式の評価額を引き下げる方法も、事業承継や相続対策の現場で利用されてきました。
評価方法が見直された場合、こうした株価対策の効果が限定される可能性があります。
もっとも、具体的な改正内容や適用時期は決定していません。持株会社や役員退職金、オペレーティングリースの活用自体が否定されるものでもありません。
国税庁の問題意識は、特定の対策を一律に禁止することではなく、企業の実態と著しく乖離した株式評価を見直し、課税の公平性を確保することにあると考えられます。
※詳細は、関連記事「持株会社をつくれば安心」が通用しなくなる?国税庁、非上場株式の評価方法を抜本的に見直す方向へをご参照ください。
一方、経産省は事業再編を促す税制優遇へ
2026年8月25日付の読売新聞とロイターは、経済産業省が企業の事業再編と成長投資を促す新税制の創設を、2027年度税制改正で要望する方針だと報じました。
検討されているのは、企業が非中核事業などを売却し、その資金を新たな事業の買収へ振り向けた場合、事業売却益への課税を繰り延べる仕組みです。
現在、子会社株式や事業の売却によって利益が生じると、法人税などとして約30%が課税されます。
例えば、事業売却によって10億円の利益が生じた場合、単純計算では約3億円が税負担となり、その分、次のM&Aや設備投資に使える資金が減少します。こうした税負担が、企業による非中核事業や低収益事業の売却をためらわせる一因になっているとの指摘がありました。
報道されている構想では、一定期間内に事業の売却と買収を行い、さらに買収後の事業に対して設備投資や賃上げなどの成長投資を行うことを条件に、売却益への課税を繰り延べます。
読売新聞は、事業の売却から買収までの期間について、5年程度が想定されていると報じています。
買収した事業を保有し続ければ、結果として長期間の課税繰り延べとなる可能性があります。一方で、その事業を後に売却した場合には、繰り延べていた税金の納付を求める方向とされています。
事業承継税制でも「承継後の行動」を重視
経産省は事業再編だけでなく、事業承継税制についても新たな措置を要望する方針だと報じられています。
2026年8月22日付の日本経済新聞によると、後継者が事業を承継した後、成長投資や賃上げに取り組むことなどを条件に、猶予されている相続税・贈与税を免除する案が検討されています。
ここで重要なのは、単に株式や会社を後継者へ移したことだけでなく、承継後に企業がどのような行動を取るかが重視されている点です。
事業再編を促す税制でも、単に不採算事業を売却するだけではなく、売却資金を次の買収や設備投資、賃上げに振り向けることが条件になると報じられています。
両制度に共通するのは、税負担を軽減した後の資金の使い道まで問おうとしている点です。
国税庁と経産省は対立しているのか
国税庁による株式評価の見直しと、経産省による税制優遇は、必ずしも矛盾しているわけではありません。
国税庁は、税法に基づいて公平かつ適正に課税・徴収する立場にあります。非上場株式が企業の実態や経済価値と比べて著しく低く評価されているのであれば、評価方法を見直すことは、その役割に沿った動きです。
一方、経産省は企業の成長や産業競争力の向上を政策目的としています。事業承継やM&Aを促進し、資本、人材、技術を成長性の高い企業や事業へ移すため、税制上のインセンティブを設けようとしています。
両省庁の立場や対象となる制度は異なり、二つの動きが直接連動しているわけでもありません。
それでも、これらを重ねて見ると、企業の実態と乖離した株価の引き下げには厳しくする一方、承継や成長投資につながる行動には税制上の支援を与えるという潮流を読み取ることができます。
これは政府の統一方針として正式に示されたものではなく、現時点で確認できる複数の動きを踏まえた本稿の分析です。
「株価を下げる」だけではなく、会社をどう成長させるか
これまでの事業承継対策では、「自社株の評価額をいくらまで下げられるか」が大きなテーマになりがちでした。
しかし、今後は株価対策だけを切り離して考えるのではなく、後継者、事業ポートフォリオ、M&A、設備投資、雇用、賃上げまでを一体として考える必要性が高まるでしょう。
特に複数の事業を抱える企業では、すべての事業をそのまま次世代へ引き継ぐことが最善とは限りません。
将来性の低い事業や本業との相乗効果が乏しい事業を売却し、その資金を成長事業の買収や設備投資に振り向けることも、企業価値を高める有力な選択肢となります。
税制の中心が「どのように税金を減らすか」から、「税負担を軽減した資金を何に使い、企業価値や雇用の拡大へどうつなげるか」へ移りつつある可能性があります。
言い換えれば、資産を動かさずに評価額を抑える「守る節税」から、事業や資本を成長分野へ移す「動かす税制」への変化です。
経営者が今、確認すべき3つのこと
現時点で経営者が行うべきことは、報道された制度の成立を前提に、事業売却や組織再編を急ぐことではありません。
まずは、次の3点を確認しておく必要があります。
1.自社株評価と事業承継計画の再点検
現在の株価対策が、評価方法の見直し後も同じ効果を持つとは限りません。誰に、いつ、どのように会社を引き継ぐのかを改めて整理しておく必要があります。
2.各事業の収益性と将来性の確認
複数事業を抱える企業は、どの事業を残し、どの事業を売却・撤退の対象とするのか、客観的に検討することが重要です。
3.売却・買収・成長投資を一体で考える
事業売却だけで終わらせず、その資金をどの分野へ再投資し、企業価値を高めるのかまで中長期戦略に落とし込むことが求められます。
今回報じられた税制はいずれも検討・要望段階であり、成立や具体的な適用条件は決まっていません。
8月末に公表される経産省の正式な税制改正要望と、年末に策定される2027年度税制改正大綱を確認したうえで、税理士、弁護士、M&A専門家などと具体的な対応を検討することが重要です。
今後の企業経営では、「どうすれば税金を減らせるか」だけでなく、「税制を活用して会社をどう承継・再編し、成長させるか」という視点が、これまで以上に問われることになるでしょう。
※本記事は2026年8月25日時点で公表されている資料および報道に基づいています。記事内で取り上げた税制はいずれも検討・要望段階の内容を含み、成立や適用条件が決定したものではありません。
【参考資料】
・経済産業省「成長投資ガイダンス」(2026年7月21日公表)
https://www.meti.go.jp/press/2026/07/20260721001.html
・読売新聞「企業が一定期間内に事業を売却・買収なら『売却益への課税』繰り延べ要望へ」(2026年8月25日)
https://news.livedoor.com/article/detail/32148490/
・ロイター「政府、非中核事業の売却益で課税繰り延べ検討 事業再編を促進」(2026年8月25日)
https://jp.reuters.com/markets/japan/VC3POV6DNVMMVDO2OB4CNO57UM-2026-08-24/
・日本経済新聞「中小の事業承継、成長投資・賃上げなら贈与・相続税免除 経産省要望へ」(2026年8月22日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO98318960S6A820C2MM8000/
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